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ハッピーな状況がいつまでも続くわけではない。
銀行は基本的に、短期で調達して長期で貸し出している。
長期に貸し出している貸出金利は固定されている。
短期に預かっている預金利子は低下していく。
前述のように、金利が低下しているとき、ある期間であれば銀行は利益を得られる。
貸出金利は過去の約束で決まっている。
預金金利はインフレ率が低ければ下がっていく。
過去の約束とのタイムラグがあるかぎり、インフレ率の低下と低金利はフローの利益を生むことになる。
資産価格がインフレ率の低下によって下落していても、帳簿上で時価評価をしなくてよければ、知ったことではない。
バブル崩壊後、バブリーな貸し出しを行った銀行経営者は、インフレ政策を求めていたようだが、その後多くの銀行が低インフレをむしろ心地よいものと感じるようになったのは、この会計制度に一因があるのではないか。
また、低インフレであれば、預金金利の競争も激しくはならない。
アメリカで預金金利の自由化が激しい金利競争を生み出したのが80年代のインフレ期であったことを想起すれば、低インフレによって、日本の銀行は預金金利の競争をしなくてすんでハッピーだったといえ、なぜ原価主義会計だったのか。
日本の会計原則では、損益計算書をごまかすのは犯罪になってしまうが、貸借対照表はいくらでもごまかせる。
自分でごまかせなければ、外国銀行や外国証券がデリバティブというわけのわからない金融商品をつくって手伝ってくれる。
それが危機の先送りを許したのは事実だが、日本の会計制度は、本来はそのようなもので、しかし、やがてその利益も消える。
誤った決定によって高い金利で借りていた企業は、借入契約期間が終了すれば借りなくなる。
借り手を探そうとすれば、貸出金利を下げるしかない。
貸出金利と預金金利の差である利ザヤは、平常の水準にもどっていく。
これだけであれば、一時的に銀行が得をし、企業が損をしただけである。
しかし、企業が借り入れを返済できないほどの損失を被れば、企業の損失は銀行の損失となる。
予想できなかったインフレ率の低下は、借り入れた企業の損失がわずかであれば、企業から銀行への所得移転で終わるが、損失が巨額なものであると、企業の破綻が銀行の破綻をもたらす。
90年代はじめに、銀行はこのことに気づいていたはずなのに、デフレ下での一時的な超過利潤を楽しんで、金融政策当局はデフレを回避することを怠っていた。
法制度には、市民法と慣習法とがある。
日本の会計制度は商法により、商法は市民法であるドイツ法を起源としている。
市民法は、法は文字で表現される法典であるべきとするもので、ドイツ法、フランス法がその典型である。
一方、慣習法とは、法は個々の事件の判例やお宮はない。
T大学のY助教授は、次のように指摘している。
「日本の会計基準においても、『この規則で定めるもののほか」会社の財産および損益の状態を正確に判断するために必要な事項は注記しなければならない、また、利害関係人が会社の財政および経営の状況に関する適正な判断を行うために必要と認められる事項があるときは、当該事項を注記すべきものとしている」。
したがって、「金融商品に関する会計基準」が公表されるまで、デリバティブに関する計算上の損失は、会計上、認識しなくてよいというような法解釈は誤りだというのである。
デリバティブの損失を計上しないことが誤りなら、巨額の含み損失や貸倒債権を計上しないのは、これまでの会計原則においても誤りだったにちがいない。
日本の会計制度については、内閣府のE氏の興味深い論文(E〜2002)がある(以下は、E氏の許可を得て引用させていただいている)。
E氏によれば、物価下落は、原価主義会計、債権者重視の日本の会計制度とあいまって資本調整の遅れをもたらすというのであ慣習の積み重ねで発展し、法典という形や文字にならないものであるという考え方であり、イギリスやアメリカで発展した。
H大学のP教授は、49カ国をその会計制度の起源によって、慣習法である「英米法」「スカンジナビア法」、市民法である「ドイツ法」「フランス法」の4つに分類し、それぞれの国の商法や会計制度の起源のちがいが資本調整の速度、ひいては成長率に大きな影響を与えていることを示している。
そこで、「所得収敏仮説」を仮定し、所得水準と会計制度の起源と成長率との関係を見てみよう。
「所得収敬仮説」とは、貧しい国は豊かな国の優れた政治・経済システムや技術などを学ぶことによって急速に発展できるが、豊かな国は学ぶべきシステムが存在しないので急速な発展はできない、すなわち、豊かな国の所得の成長率は低く、貧しい国の所得の成長率は高くなるので、すべての国の所得は収散するというものである。
全体の傾向線を見ると、所得の高い国ほど成長率が低いという右下がりの関係があるように見え、「所得収敬仮説」は弱いながらも成り立っているようである。
ここでさらに、会計制度の起源を考慮すると、「所得収敵仮説」では説明できない部分が説明される。
すなわち、所得が低いうちは、市民法の国の成長率と慣習法の国の成長率はほぼ同じであるが、所得が高くなるにつれて、市民法の国の成長率は慣習法の国の成長率よりも大きく低下する。
先進的な会計制度を導入することは、まさに優れた国のシステムを学ぶことであり、所得の低い段階では、システムを体系的に導入するのに長けている市民法の国の成長率は低くない。
しかし、いったんシステムを導入し、ある程度の成長をとげると、時代に応じたシステム変更は慣習法の国にくらべて柔軟ではなく、また既存のシステムを前提としてしまうために学ぶべきこと原価主義会計・債権者保護の弊害原価主義会計や債権者保護のすべてが有害であるわけではない。
原価主義会計については、昔から、資産の時価が原価を超えて上昇した場合、これを時価で評価すると未実現の利益が計上されるが、この利益を配当として社外に流出させると債権者に対する企業の担保力を弱めることになると指摘されてきた。
この主張は債権者にとっては正当性がある。
実際、銀行は、資産価格が上がっているときを見つける視野が狭くなる。
その結果、市民法の国では、慣習法の国にくらべて成長率が低くなる。
前掲図の傾向線によれば、購買力平価で1万5000ドルの所得の国では、市民法の会計制度をもっている国の成長率は、慣習法の会計制度をもっている国の成長率よりも1・08%低くなる。
そして、市民法のうち、ドイツ法を起源とする会計制度の特徴は、それが銀行中心の金融システムを維持するのに適しているという点である。
前述したように、日本の会計制度はドイツ法を起源とする商法を中心とした制度であるが、日本の商法が原価主義会計を維持しているのも、投資家保護ではなく債権者保護を掲げているのも、それが銀行にとって都合がよいからである。
時価会計によって利益の多くが株主に分配されないことを望んでいる。
また、企業の毎期の利益が帳簿上でも損失がなく、安定しているように見せることで、自らの融資行動を正当化できる。
企業側も、銀行のための会計基準で行動することにより債権者保護の姿勢を示すことで、必要な、あるいはそれ以上の融資を受けて成長してきた。
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